ぼくらはみんな生きていく

医療的ケアの力を借りてご機嫌に生きる、重症心身障害児の娘の闘病記録や日々の暮らし、医療や福祉など母の頭の中のあれこれを書くブログ

昔の話⑩終 2007.8 笑顔のまんま 

旧ブログから抜粋して昔の話をします。はじめから読む方はこちらから↓

megumeimusic.hatenablog.com

  前回の続きです。前回記事はこちら↓

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笑顔のまんま 

めいとのおうちでの生活が始まってから、1週間ほど経った頃、家族揃って初めての週末。

退院はしたとはいえ相変わらずな体調続きで、特にでかけるでもなく一日中まだまだ不慣れなめいのケアに追われてなんだかあたふた。

夕方少しめいが落ち着いていたので旦那と二人めいを囲み、ああでもないこうでもない、とめいを楽しませたくて体を触ったり動かしたりして遊んでいた。

さあ起きて遊んでみる?と、旦那がめいの背中側に回り私がめいの正面から腕をつかんで仰向けに寝転んでいるめいの体をゆっくり起こしていった、その時。

 

急変して以降一切笑顔を見せなかっためいが、笑った。

 

「今!めいが笑った!!笑った!!」

 

と夢中で叫んだ。と同時にぶわっと涙が溢れた。

背中側に回っていた旦那は見えなかったようで(実は相当悔しかったらしい)だけど二人大興奮で泣いて喜んだ。

 

もう二度と、一生、笑いかけてくれることはないのかもしれないと覚悟を決めていた。急変してから8ヶ月、初めての笑顔はとてもぎこちなくて、へたっぴな笑顔だった。

けれど、最高の笑顔だった。

 

めいとの在宅生活は、笑顔でスタートを切った。

あの時の笑顔は(私しか見ていないのが残念)今でも目に焼き付いている。

あれから少しずつ少しずつめいの笑顔が増えていった。

 

それからも数年はめいの笑顔はまだまだ稀で、たまに笑えばカメラを持ち出してお願いもう一回笑ってーーーー!!と大騒ぎするほどだったけれど、今は、目が合えば笑い、抱き上げれば、抱きしめれば、笑う。

今ある笑顔は、支えてくれる周りの人達が引き出してくれた笑顔。

私達の宝物。

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よく笑うようになった4歳の頃。

 

さいごに。今の話とこれからの話。

本日2019年3月15日、めいは大好きな友達と先生に囲まれて、小学部を卒業しました。

卒業前に色々と昔を振り返る機会が多くあり、昔の話をブログに書き記しておくことにしました。

 

順風満帆ではなかっためいが生まれてからの闘病生活、その後こうして笑顔で始まった在宅生活でしたが、喜びもあれど、やっぱり順風満帆ではありませんでした。

毎日四六時中繰り返し起こるてんかん発作、嘔吐、叫ぶように泣き全身を反らし、笑いもせず苦しそうなめいに、私は何もできずただただ一日中めいを抱っこするだけの日々が続きました。

夜もろくに眠れず、睡眠不足と孤独感に追い詰められたころ、

 

「何の楽しい思いもさせてやれずこんなに苦しい思いをさせるくらいなら、あの時いっそ心肺停止のまま蘇生などせず死なせてやった方がよかったんじゃないのか。」

 

と思ってしまった時期がありました。

 

そんな迷いの中療育園に出会い、めいにはたくさんの友達ができ、良い先生に恵まれ、養護学校に入学し、また友達が増え、良い先生にも恵まれ、そして私にもたくさんの大切な友達が、味方ができました。

少しずつ少しずつ、娘の毎日はカラフルになっていき、どんどん笑顔が増えていき、生活に小さな小さな幸せが感じられるようになるにつれ、いつしか助からなければよかったという思いは消えていきました。

 

生きてきてよかったと、今は心から言えます。

 

これからもきっと嬉しいことばかりではないだろうし、また泣くこともあると思います。

だけど、そうやって、泣いたり笑ったり悩んだりしながらこれからも娘と一緒に生きていこうと思います。

 

めい、大きくなったね。生きてきたね。

あなたの人生がこれからも笑顔と幸せに溢れていますように。

卒業おめでとう!

 

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