ぼくらはみんな生きていく

医療的ケアの力を借りてご機嫌に生きる、重症心身障害児の娘の闘病記録や日々の暮らし、医療や福祉など母の頭の中のあれこれを書くブログ

昔の話③ 2006.6 生後2週間 初めての手術

旧ブログより抜粋して昔の話をします。はじめから読む方はこちらから↓

megumeimusic.hatenablog.com

 前回の続きです。前回の記事はこちら↓ 

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 生後2週間初めての手術

体中にあると言われた血管腫

ステロイド投与、成分輸血、治療を受けながら、それでもじわじわ大きくなる血管腫

どんどん日々が過ぎていった。 

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口から挿管されていた呼吸器は数日で離脱できた。新生児多呼吸だった。

 

中でも特に厄介だと言われていたものがふたつ。

 

ひとつは胃の幽門部の血管腫。これはサイズが大きくなるにつれ胃から腸への流れを阻害する可能性があった。(その後実際大きくなった血管腫により胃から腸への通過障害が起き、わずかな隙間からEDチューブが入れられ、経腸栄養となった)

 

もうひとつは小脳の血管腫

小脳にある血管腫の圧迫により、水頭症を併発しすぐにでも手術が必要だった。

水頭症には脳室と腹腔とを繋ぐよう、皮下にチューブを通す手術(シャント)が一般的とのことだった。

しかし、めいの場合はからだが小さいこと、全身状態が落ち着いているとは言い難いこと、皮膚や内臓に多数の血管腫があり、手術時に誤って血管腫を傷つける可能性が高いこと(大量出血のリスクが高い)などが理由でシャント手術は難しかった。

 

そこで、皮下にシリコン製の貯留槽を留置し、脳室に挿入した管と貯留槽をつないで貯留槽髄液をためさせるドレナージ手術が提案された。

頭皮から貯留槽へ直接針を刺し、髄液をポンプを使って持続的に体外に排出させる方法がとられた。

この方法も手術のリスクは高く、術後も針をさした部分からの感染のリスクもあった。だけど、選択の余地はないようだった。

 

あっという間に手術当日はやってきた。

手術は予定よりも大幅に時間がかかり、待っている間気が気じゃなかったけれど、めいは無事にかえってきた。

 

よく頑張ったね、強いね、と大きなガーゼに覆われた頭をそーっとなでた。

 

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手術数日後。意志の強そうな目に見えて、きっと大丈夫だと思った。そう思いたかった。